子供の頃は家族仲良く紅白だったのに。趣味の多様化とか言われる時代が憎い。私は紅白&ネタ芸人。だんなはK-1&プライド。別々の部屋でテレビ。年越しも気づけば別の部屋。
K-1のボビー戦が気になってそこだけK-1をだんなと一緒に見た。ボビー戦思ったよりもすごく良かった。見ごたえがあった。とても気に入ったので次の日日刊スポーツ買ったら、ちょこっとしか記事出てなかった。ちぇっ。
深夜0時からはスカパーでアリーmy loveの一挙放送。シリーズ1だからアリーが若い。ほっぺたがふっくらしていてかわいかった。
スカパーで見た映画。
どんなにHなのか、わくわくして見たら、たいしたことなかった。衝撃のHシーンよりも、衝撃だったのは、強烈な人種差別や貧富の差だったなあ。舞台は1920年代。フランス領インドシナ。インドシナと聞いてインドネシアかあ、と思っていたらそれは間違いだったよ。とほほ。現在では南ベトナムにあたる土地だ。
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愛人 ラマン - goo 映画貧乏なフランス人の女の子15歳が、金持ち華僑のボンボンで無職32歳の愛人になる。
お金では中国人青年の優位なんだけど、その土地ではフランス人が支配階級で。
女の子の家族と華僑青年がご対面して会食するシーンでは、支払いはすべて華僑青年にさせるくせに、女の子も含め家族全員が華僑青年を無視してひたすら食べ続けるの。貧乏なものだから、目の前の食事にガツガツ喰らいつく家族に対して、優雅なテーブルマナーの華僑青年。家族は食べ物にむしゃぶりつきながらも、そのテーブルで青年を見下した態度を取り続ける。もしもし~、お支払いは青年がするんですよー。お金で買えない人種差別。買えるものはマスターカードで。ああ、壮絶。貧乏でみじめだからこそ、施しを受ける現実から目をそむけるように、人種差別でうっぷんを晴らしているみたい。後日母親は娘にその日のことを謝っていた。遠い目をして言う。「あの青年には悪いことをした。見下すようなことをして。彼は誠実だった。長男の借金や渡航費まで出してくれたのに」彼の人柄に一目置いていた。彼の良さをわかっていて、あんな態度を取ったのは、余計にみじめだったんだろうな。
働かなくても生きていけるボンボンな彼には、結婚相手を選択する自由がなかった。親のお金で生きていることを痛烈に自覚していた。会ったこともない婚約者が決まっていた。親にフランス人少女との結婚を頼みこんだけどダメだった。そのへんは切ないなあと思った。私は大富豪の娘じゃなくって良かったと、この時だけは思った。現代だったら、家を出て、自活して、フランス娘と国際結婚して、一般庶民として生きていくっていうのもアリかもしれないけど、当時のあの土地、貧富の差バコーンな時代では、庶民ってレベルがシャレにならないだろうし。あの土地で庶民になったらあの青年のたれ死にそうだもんねえ。
フランス人一家は、母国フランスへ帰国したけど、家族は幸せになれたのかな。少女の好きなお兄さんは亡くなってしまったらしいけど。カンボジアでさんざんな目にあってきたお母さんはフランスで幸せな晩年をおくれたのかな。
この映画の原作は、作者の自伝的小説ですって。びっくり!ホ、ホントの話ですか?この女流作家自身がそのまま何本もの映画になりそうな人生ですわよ。夫はユダヤ人強制収容所に送られ、無事生還するけど、彼女に他につきあっている人がいた!収容所帰りの夫を看病し、治ったら離婚し、つきあってた彼と結婚し。その彼とも別れちゃってアルコール中毒。しかし66歳の時に38歳年下の青年と出会い死ぬまで一緒に暮らして。
◆作家のさくっとした紹介文はこちら
女性作家の壮絶な生き様に肉薄!◆激動の時代を生きた年表入りのページ。
(この年表がそのまま世界史の教科書みたいだ。)
デュラスとヤン(映画「Cet Amour-la」を観て...)
青年は独身だから、不倫じゃないから、少女との関係は「愛人」って呼ばなくてもOKだけど。2人の感覚が「恋人」じゃなくて「愛人」って決めたんだねえ。お互い「愛人」らしくふるまった。この映画、青年にも少女にも名前がなかったような気が。映画解説でも役名でてないよ。映画の中でこの男女がお互いを名前で呼ばないところがまた「愛人」っぽい。あるいはその逆で相手が何者でも関係なく、お互い人対人として向き合っていたともとれるなあ。少女が古いワンピースではげたヒールの靴で姿勢良く歩いている姿が印象的だった。